宮沢賢治「銀河鉄道の夜」【イズミの書評#54】

イーハトーブの奏で

誰でも知っている日本童話作品「銀河鉄道の夜」。その有名さとは裏腹に、読んだことのない人も多いようです。

この作品を書いた作家・宮沢賢治さんは、まるでおとぎ話の世界に住んでいるような方だと言ってもいいかもしれません。彼の作った言葉の一つに、「イーハトーブ」というものがあります。彼の住まいがあった岩手をもじった言葉となっており、彼が作り出す幻想の世界の総称を差します。彼はそんな幻想の世界へ、自由自在に登場人物たちを配置して、美しい箱庭のような物語を次々と作り出しました。

それだけではありません。彼の人柄は、文化人としては理想かもしれませんね。音楽を愛好し、ドヴォルザークやベートーベンが大好きでレコードを聴いていた。仏教の教えに共鳴して、晩年は菜食主義を貫いた。教職にもついており、生徒にフィールドワークを通じて学ぶ楽しさを教えていた。こんな微笑ましくも尊敬できるエピソードに、宮沢の人生は彩られています。

宮沢は、かなり短命でした。37歳で死去。原因は急性肺炎でした。もともと体が強いほうではなく、急性肺炎も発病から二、三日でこの世を去りました。その際に残されたのが、「銀河鉄道の夜」原稿は第一稿から第四稿まで残され、またそれぞれが未定稿であったために編集者たちを悩ませたそうです。しかし努力の甲斐あって、最終稿となる第四稿が本となって、現在出版されています。私たちが今日完成品として見られるのはその「銀河鉄道の夜」。宮沢がその死によって闇へと消えようとしていた原稿を、たくさんの人々が星屑を集めるようにして完成させた原稿なのです。

銀河ステーション

物語は、主人公であるジョバンニが通う学校から始まります。授業は宇宙について。空に浮かぶ天の川の正体とはなにか、答えることのできる生徒はいませんか?ジョバンニはいつかの雑誌で、あれが星であると見たような気がしましたが、最近仕事で疲れているので、間違っているような気がしました。

案の定、先生に指されてしまいますが、良く分かりません。先生はカムパネルラに指しましたが、やはり分かりませんでした。先生は仕方なく解説を始めます。天の川はたくさんの星々からなり、それが川のように見えることから天の川なのです。

ジョバンニの母は、病に倒れていました。父さんは仕事で船に乗ったきり、帰ってきません。お金も彼が稼ぐしかなく、活版所(印刷所。昔は活字を一つ一つ拾って、文章にしていた)に通って働いていました。彼は当日の賃金をもらうと、その足でパンを買い、家に向かいました。

母と会話を済ませたのち、彼はまた外出しました。牛乳を取りに行くためです。今日は祭りで、街は鮮やかな街頭に彩られていました。彼も町を歩いていましたが、途中でクラスメイトに「お前の親父はもういない」とからかわれてしまいます。ジョバンニの父親が長いこと帰ってこないという話は、皆知っていることでした。

ジョバンニは祭りとは反対の方向に歩き、町のはずれの丘の上に登って、ぼんやりと星空を眺めていました。するとどこからか、汽車の音がします。音の正体は、夜空からです。はじめは星のようであると思ったそれは、次第に太く長くなり、ジョバンニの目の前に迫っていきます。

銀河ステーション、銀河ステーションという声がして、目の前が真っ白になっていきました。

星々への旅

ふと気づくと、ジョバンニは汽車の車両の中に立っていました。窓の外は大宇宙が広がっています。すると、なぜか列車の中にカムパネルラが立っていることにジョバンニは気づきました。ジョバンニはカムパネルラが何故か青ざめて苦しそうにしているのを不思議に思いましたが、カムパネルラと話しているうちに、その違和感はなくなっていきました。

二人は、銀河鉄道の中で様々な星へと旅をしました。白鳥の停車場では、不思議な水が天の川の中を流れているところを見ました。天の川を渡り鳥たちが飛び立つのを見ました(それぞれに幻想的な物語がありますが、ここでは割愛いたします)

その中に、家族連れがやってきました。彼らは客船にのって旅をしていましたが、船が氷山にぶつかってしまい、沈没してしまったのだそうです。父親はせめて娘だけでも救命いかだに乗せなければと思いましたが、子供たちもまた先を争って、船に乗ろうとしている状態を見ると、その子らを退けてまで娘を乗せることはできませんでした。そして船は沈み、気が付くと列車に載っていたのだそうです。

列車はやがて、蠍座へと近づいていました。家族連れの中の女の子が、蠍にまつわる話をしてくれました。この蠍は、もともと地面を這い、虫を捕まえてそれを食べることで生きていました。ところがある日、いたちに襲われてしまいます。いたちからは逃げられたはものの、彼は井戸に落ちてしまいました。

井戸には出口がなく、さそりはもう溺れるしかありません。自分はたくさんの命を奪って生き永らえたのに、自分の番になると逃げてしまい、他の役に立つことはなかった。さそりは神様に、次は私の命をみんなの幸せのために使ってほしいと祈りました。それを聞き届けた神様が、彼の体を星にして、彼は身を燃やすことで星座となったのです。

ジョバンニは蠍座を見ると、さそりは本当に美しく体を紅く燃やす火となりました。

彼らは、サウザンクロス(南十字星)につくと降りていきました。

ジョバンニとカムパネルラは、また二人きりになりました。列車は二人を乗せて、どこまでも大宇宙の中を進んでいきます。

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。」

二人は、もう何も怖くありませんでした。たとえ体を焼かれることとなっても幸せを見つけた蠍のように、自分たちも幸せを見つけるのです。そして、それを見つけることができないなどとは、二人は思うはずもありませんでした。

「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」

ジョバンニがそう言ってカムパネルラのほうを振り返った時、彼はそこにはもういませんでした。

ふと気づくと、ジョバンニは丘の上で目が覚めました。銀河鉄道がやってきた丘の上で、疲れて眠っていたのでしょう。

彼のお母さんは、まだご飯を食べていません。いつもの道を通ってジョバンニは帰ろうとしますが、今日はいつもとは少し違いました。川のほとりに人だかりができています。

「何かあったんですか」

大人の一人が言うには、子供がひとり、川でおぼれてしまったのだそうです。その子供とは、カムパネルラでした。カムパネルラは、友人が川でおぼれているのを助け、見届けたのち川に沈んだのだそうです。

その現場には、知らせを聞いたカムパネルラのお父さんもいました。ジョバンニがお父さんに挨拶をすると、彼は「君のお父さんがもうすぐ船に乗って帰ってくる」と言いました。川には銀河が映り、まるで川そのものが大宇宙のようです。

彼は、もういっぱいで何も言えませんでした。お父さんに一礼し、一目散に、とにかくお母さんのところに行かなくてはと思い、通りをかけていきました。

宮沢賢治の世界へ

いかがでしたでしょうか。

私はこの作品を読むと、ある先生のことを思い出します。中学のころの国語の先生でした。その方は大層変わった先生で、学校の先生というよりは、一人の私人としての魅力が強い方でした。自分の好きなものにはトコトン一途であり、生徒の成績の管理は全て大好きなハローキティのシールで行われ、学校には毎日お気に入りの改造GTRで来ていました。私は良く分からなかったのですが、なんでも型番がレアなのだそうです。

そんな先生が好きなものの一つに、宮沢賢治がありました。授業中に積極的に宮沢賢治を取り上げ、生徒たちに作品の中身を考えさせました。

全く不思議なことに、先生が宮沢賢治を語っている姿は、普段の先生とは少々違って私には見えました。もちろん先生は宮沢賢治の話を私たちに向けてしてくれます。しかし、先生はここにいないような、別の世界から語り掛けてくるように感じられました。それが宮沢が作り上げた、イーハトーブの世界なのかもしれません。

他にも、面白い話はたくさんあります。宮沢にまつわる逸話はたくさんあるのですが、その中には信憑性の少ない神秘性を伴う場合があります。つまり「伝説」があるのです。彼の作り出す夢の世界は、彼の全身から日々にじみ出ていたということでしょう。

宮沢にほれ込んだ人間は、全員がイーハトーブの旅人となるのかもしれません。宮沢の作品にはそんな、幻想的、情緒的な魅力を伝える力があります。できる限り、その幻想をそっとしておきたいなと思いました。だから私は今回に限り、本文と後付に赤文字を入れなかったのです。

 

宮沢賢治,「銀河鉄道の夜」,1969年7月,角川文庫

ここからも見れるヨ↓

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