ヴィクトル・ユゴー「Les Misérables」【イズミの書評#57】

まえがき:Do you hear the people sing?

 現在では、おそらくミュージカルや映画でその名を馳せ続けているでしょう。中身に含まれている哲学的要素を除いても、単純にエンターテインメントとして楽しむことのできる物語、それが「レ・ミゼラブル」なのです。

 この作品は、発売当初からベストセラーになった作品です。作者のヴィクトル・ユゴーはこの作品が売れなかったら作家稼業を引退する覚悟であったんだそうです。しかし1862年の発表では、本屋に行列ができるほどの売り上げを見せました。人々は争ってこの小説を買い、金のない貧乏人は数人で一冊の「レ・ミゼラブル」をシェアしてまで読みたがったのだとか。

 しかし、そんな発売当初の爆発的売り上げを、当のユゴーは旅に出ていたため知らなかったのです。でも売り上げは気になるので、出版社に「?」とだけ書いた手紙を送りました。すると、「!」という返事が来たので、彼は大層喜んだのだそうです。名作品には、名エピソードがつきものなんですよね。

 さて、現在でもこの作品は人々に様々な形で楽しまれていることは最初に書きましたね。この小説は1862年当時の社会情勢を反映していたり、まだ新しい革命の歴史が刻み込まれていたりするため、歴史的な小説としても人気を集めています。フランスはルイ16世が斃れて以降も、しばらくの間は帝政と共和制を行ったり来たりしていました。現在のフランスが「第五共和制」であることを知っていますか?第一次から第四次まで、フランスは帝政になったり、時にナチスの支配下に置かれながら、理想の政治体制を模索し続けてきました。それまでにたくさんの苦悩を味わってきた証拠なのです。

 「レ・ミゼラブル」はその歴史を語り継ぎます。低賃金で働く労働者たち。彼らの自由と権利を獲得する、闘争の歴史をも表しているのです。

銀の燭台

 舞台は1815年から始まります。フランスの片田舎にある教会に、一人の男がやってきました。男はジャン・バルジャンといい、パンを一つ盗んだ罪で19年も投獄されていました。出所しましたが、前科者ということでどこも雇ってくれません。そして、這う這うの体で辿り着いたところが、司教館でした。

 当時、フランスにおいて労働者階級はひたすらに虐げられていました。毎日その日ぐらしで、体を壊せば行く当てもない有様。その中でも前科者となれば、行く先で冷遇されて当然なのです。

 ところが、教会に辿りついたジャン・バルジャンを司教様は迎え入れます。迷えるものはみな神の子羊。夕飯を用意し、暖かい寝床も用意してくれました。ところが、彼はその日の晩に、教会の銀の燭台を盗んで出て行ってしまいます。彼は19年の投獄中に人間への信頼はすっかり失われ、誰も信用できなくなっていたのです。

 そして翌朝、案の定ジャン・バルジャンは憲兵につかまり、教会まで連れてこられます。「銀の燭台を盗んだのはコイツでしょうか」と憲兵は司教に問いました。ここで司教が男の罪を認めれば、彼は再び塀の奥のものとなり、そしてもう戻ってくることはないでしょう。

 しかし、司教は男の罪を否定しただけではなく、なんと「その燭台は私が彼に与えたものだ」とさえ憲兵に言い放ち、追い返してしまいます。バルジャンは司教の人徳の深さに触れ、いたく感動しました。そしてバルジャンは、出獄後に生きるためとは言え少年から小銭を奪ったことがあると司祭に懺悔し、まっとうな人間として生きることを誓ったのです。

私服警官ジャベール

 それから4年後の1819年。なんとパリ近郊の街にてバルジャンは市長として活動していました。実業家として大成功をおさめ、それに奢り庶民を見下すこともなかった為、街のひとから尊敬を集めていたからです。しかし、一つだけ心配事がありました。バルジャンは以前、少年から小銭を奪ったことがあるのです。その罪が警察の知るところとなれば、窃盗の罪に加えて逃亡の罪が重なり、彼には重い罪が重なることとなります。そのため、彼は偽名を名乗って街で暮らしていました。

 そんなある日、彼は自らが経営する工場に一人の女性が勤めていることを知ります。しかし彼女は1923年にある事情から工場をクビになり、売春婦に身を落とした挙句体を壊してしまいます。彼女には娘がいましたが、親がそうなってしまってはもう身売りでもするしかありません。それをあるきっかけで知ったバルジャンは責任を感じ、娘の面倒を見ることを決意しました。それを聞き、女性は安心して死の旅路へ着きました。

 こうなれば、早く娘を迎えに行かなければなりません。しかし、こういう時にこそ不幸は起こるものです。娘を迎えに行こうとした矢先に、私服警官のジャベールが、バルジャンのもとを訪れました。その話は驚愕のもので、なんとある男が少年から小銭を奪った罪で、自分と間違われて逮捕されたという話なのです。

 彼はその男を救うことを選びました。裁判所に足を運び、自らが真の罪人であることを明かして、彼は監獄の中に入ることとなりました。しかし、港に連れていかれる際に一人の水兵がおぼれているのを発見。彼を救うと同時に自身も脱獄。その年のクリスマスイブに、迎えに行くはずだった娘も自身の手の中に納めます。娘は意地悪な夫婦のもとに預けられており、虐待を受けていました。

コゼット

 娘の名は、コゼット。ここから幼い娘とバルジャンの逃亡生活が始まります。パリに逃亡した彼は、市長だったころに助けてあげたお爺さんに、修道院にかくまわれることとなります。修道院でバルジャンはコゼットに愛を注ぎ、自身が持てる限りの最高の教育を施しました。お爺さんが亡くなった後は家を見つけそこに落ち着き、何とか二人で暮らしていました。

 逃亡生活とはいえ、いつまでも家の中に籠っているままでは精神がおかしくなってしまいます。バルジャンとコゼットは、よく近所の公園に散歩に行くことにしていました。そんな彼を、陰から見ていた少年がいました。少年の名は、ユリウス。彼はフランス帝政下にありながら共和制の施行を考える、秘密組織の一員でもありました。

 何しろ当時、パリは労働者たちの不満が渦巻いていました。働いても、働いても利益は搾取されてちっとも豊かになりはしないのです。不満はやがて政府への不信と変わり、打倒帝政の動きが少しずつ始まります。ユリウスが属する秘密組織も、このような流れを汲んでいました。

さて、すこしユリウスの淡い心の話をしましょう。彼はコゼットを見て、一目惚れしてしまいます。しまいには勝手にロマンチックな名前まで付けてしまいました。ちょっとロマンチストなのですね。

 そんな彼ですが、友人の助けを得て、ユリウスはコゼットの家を見つけて彼女と話すことに成功し、愛し合うようになります。コゼットはバルジャンのおかげか美しく成長していましたが、ユリウスもまた、好青年だったのです。

ところがそんな矢先、バルジャンの身元が、あの私服警官ジャベールに割れそうになってしまいます。ジャベールは執拗にも彼の身元を追い続けていたのです。ジャベールはロンドンに逃亡することを決意し、コゼットにその話を告げました。

六月暴動

 コゼットは悩みぬいた末、家の柵に別れの手紙を残してバルジャンと去ることを選びます。ところがその時すでに、革命の機運は高まりつつありました。民衆に慕われていた将軍が亡くなってしまい、もはや民衆自ら政府に手を下さなければならない時が近づいてきたのです。コゼットに恋い焦がれていたユリウスも、自らの愛を捨てて革命の血潮になることを決意しました。民衆はバリケードを街中に設置し立て籠もり、政府に武力で対抗することを選びました。

 一方ロンドンに向かい逃亡中のバルジャンとコゼットのもとには、ユリウスからの返事の手紙が届きました。バルジャンはこの時初めて、ユリウスの存在を知ったのですね。自分の娘が愛する男を、死なすわけにはいきません。バルジャンもユリウスを助けるために、バリケードの中に入りました。

 ところがそこには、ずっとバルジャンを追い続けていた私服警官ジャベールがいました。彼は警察官ですので、政府側の人間です。軍隊の偽情報を流すことを目的としてバリケード内に侵入しましたがバレてしまい、捕まってしまいます。裏切り者を殺せと渦巻く若者たち。しかしそこにはバルジャンがいました。彼は怒る民を抑えつつ、ジャベールを逃がすことに成功します。

 そして、バリケードができた翌朝。軍隊が大砲を用いて、無敵に思えたバリケードをあっさりと撃破しました。革命は、政府の非常なる武力の前に崩れ去ったのです。未来に燃える若者たちは軍の銃弾の前に悉く倒れ、死体の山を築くことになりました。しかしそんな中でも、バルジャンは重傷を負ったユリウスとともに生き延びることに成功します。彼は事前に脱出経路を確認してあったのです。しかし、その経路でジャベールに遭遇してしまいます。

それぞれの結末

 結論から言えば、彼はジャベールに見逃されました。ジャベールはもう、バルジャンを追う意味を失っていたのです。ジャベールは警官として法の奴隷であり続けました。法こそが正しいと思っていたのです。ところが、目の前いる犯罪者のはずのバルジャンは、誰がどう見ても善人で、模範となるべき人格者なのです。彼は生きる意味すらも失い、セーヌ川に身を投げて自殺してしまいます。

 ユリウスは重傷を負っていたはものの助かり、コゼットと結婚することにしました。しかし、バルジャンはコゼットのもとを離れて隠遁生活を送っていました。バルジャンは自分の過去を、コゼットに知らせたくなかったのです。こっそりと修道院で暮らしていたバルジャンでしたが次第に衰弱し、亡くなろうとしていました。

 しかし、そこにコゼットが駆け付けます。ユリウスとの結婚式の日、彼女はバルジャンに会いたい一心で彼の居場所に駆け付けたのでした。愛するユリウスとの結婚を報告し、未来の幸せを誓います。バルジャンはすっかり安心し、幸せな顔つきでで天へと旅立っていったのでした。64歳でした。

あとがき:There is a life about to start when tomorrow comes.

 …え?この後フランスはどうなったかって?

 結論から言えば、ずっと血を流し続けてきたといっても過言ではないほどです。ユリウスが起こした暴動は、世界史では「六月暴動」と呼ばれています。当時フランスは立憲君主制ではあったものの、選挙権がわずかなブルジョワ階級しかなく、労働者は常に虐げられていました。これを妥当するべく1832年に立ち上がったのが、ユリウスたちが起こした六月暴動です。これは小説と同じく、鎮圧されました。

 労働者たちが報われるのは、それから十何年も経った後の1848年の革命、通常「2月革命」を待たなければなりません。これも暴力革命であっため、政府転覆には流血を伴いました。こうしてできた政府を、「第二共和政」と呼びます。

 ところが、これもすぐに覆されてしまいました。新しくできた政府が民衆の支持を集めることができなかったことが原因です。代わりに推されたのがルイ・ナポレオン。あのナポレオン一世の甥っ子ナポレオン三世です。彼はしばらくの間共和制のもと大統領をしていましたが、1952年に国民投票でフランス国王に就任。「第二帝政」が始まります。ここから先は省きますが、その後第一次世界大戦、第二次世界大戦を経験した「第三共和政」、ナチスドイツの支配下にあった「ヴィシー・フランス」、その抵抗勢力で英雄シャルル・ド・ゴールを擁した「第四共和政」、現在に至る「第五共和制」と政治体制が次々と変わっていることを見ると、フランスという国の困難を知ることができます。

 そして今日、フランスはまた揺れています。この前も、税金の改定に伴って民衆がデモを起こして一部が暴徒化。私たちが目にするようなシャンゼリゼ大通りなどに連なる店舗を破壊しました。

 この物語は、「Les Misérables」。フランス語で、「悲惨な人々」を意味します。おそらく名前にも残らないであろう庶民たちによる物語はまだ、続いています。