ラス・カサス「インディアスの破壊についての簡潔な報告」【イズミの書評#61】

まえがき:アメリカ大陸の悲劇

 世界史の中でかなり大きく取り上げられる大航海時代。スペインやポルトガルなどの船乗りたちが、航路を見つける旅を行いました。

 何しろこの時期、中東ではイスラム国家であるオスマン・トルコ帝国が最盛期を迎えておりました。オスマン帝国はその強力な陸軍、海軍で交易の重大なルートである小アジアを勢力圏に収め、海のルートである地中海の制海権も握ってしまいます。

 これにより西洋諸国は苦しめられることとなります。太古より栄えたシルクロードの通り道にオスマン帝国が位置し、高い関税をむしり取るのです。シルクロードはヨーロッパに絹や香辛料を齎す大事なルート。ここを握られてしまうことは、大きな悩みの種となりました。

 そこで、あらたな航路を見つけ、インドや中国へ交易することが求められました。大航海時代の始まりです。こうして彼らのより「発見」されたのが南アフリカの喜望峰や、アメリカ大陸なのです。

 さて、現地を「発見」した彼らは、次に植民を始めます。現地で生産される商品を手に入れるのです。当時強力な海軍を持っていたスペイン、ポルトガル両国によってこれは先を争って行われました。

 しかし、悲劇も起こることとなります。キリスト教徒であり白人の彼らに、今まで見たこともない風貌で、色の黒い人々は理解できることではなかったのかもしれません。各地で西洋人による、インディオたちの惨殺が相次ぐこととなります。これにより、長い期間続いたアメリカ大陸の土着の文化は、壊滅に近い被害を被ることとなります。

 この本は、その中でもスペイン人がインディオに対して行ったことを、同行したラス・カサスという一人の宣教師がまとめたものです。人間とは、こういうことができるものなのでしょうか。原書を読む方は、体力と精神力が必要になります。

暴虐なるキリスト教徒

 筆者は、これをスペイン皇太子フェリーべ殿下に報告するために制作しました。インディアスの発見から数年がたち、現在まで様々なことが起こりました。その間、人類史上類を見ない悲惨なる出来事が発生し、この悲劇は現在も続いています。今まさに、インディアスは荒廃し、滅びようとしているのです。 

 インディアスが見つかったのは、1492年のことです。人々の行動とは早いもので、その翌年にはもうたくさんのスペイン人が植民しに行きました。最初に行った場所はエスパニョーラ島。現在のドミニカ共和国、ハイチがある場所です。ここには島や海の豊かな資源の下、たくさんのインディオが暮らしていました。

 彼らは実に素朴な人々です。財産を所有するという概念を持たず、また野心を持つこともありません。そして極めて理性的で、私たちのカトリックの教えを理解し、受け入れてくれます。つまり彼らは最も悪の入る余地がない、信仰を受け入れる人々なのです。布教はスムーズに進みました。彼らは信仰について教えると素直に聞くどころか、自発的に一層深く信仰を知ろうとするのです。神は最上の恵みを、彼らに授けたといっていいでしょう。

 ところが、スペイン人キリスト教徒はその中に土足で踏み込んだはおろか、残虐極まりない手口でインディオたちを苦しめました。私たちが最初にエスパニョーラ島に到着したとき、島には300万人のインディオが暮らしていました。今では200人ほどしか生き残っていません。

 インディアスが発見されてからというもの40年間、「キリスト教徒」たちの残虐なる行動のために1200万人以上のインディオが殺されました。この数字は確かなものではありませんが、1500万人といっても過言ではないのでしょうか。

 「キリスト教徒」と名乗る連中が行ったインディオを滅ぼす方法は主に二つあります。第一に、不正な理由によって起こされる戦争によってです。そしてもう一つは、土着の王や領主を全員殺し、残りを奴隷にするという方法です。

キリスト教徒たちがこれらのことを起こしたきっかけは唯一、黄金を手に入れて財を成し、高い地位に就こうとしたためです。彼らは恐ろしいほどの欲望と野心を持ち、世界で最も無欲な人々をひたすらに虐げたのです。当然彼らの殆どがインディオたちの命も、信仰も、人間によって最も大切な神の救済のことも全く考えていませんでした。

対してインディオたちは、キリスト教徒たちがそんな残虐なことをする人であるとは、まったくもって考えていませんでした。彼らはあくまでキリスト教徒たちに友好的に接し、そして悪事、強奪、殺戮、虐待その他を被るまで、決して害を加えることはなかったのです。それどころかインディオたちは、キリスト教徒たちを天から訪れた人々とすらも考えていました。

我が皇帝陛下に捧ぐ

少し例を紹介しましょう。先述したエスパニョーラ島では、キリスト教徒たちによる最初の破壊が行われました。キリスト教徒は女や子供を奪って使役し、彼らが苦労の末に手に入れた食料を強奪しました。ある司令官に至っては、島で最も権威のある王の后を強姦しました。ここまでされてようやくインディオたちは立ち上がりましたが、彼らの武器と言えば棒切れのようなものばかりで、とてもキリスト教徒の武器にはかなわず、虐殺されていきました。

キューバ島では、キリスト教徒たちはさらに残酷になりました。ここにキリスト教徒たちが来る際、すでにインディオにはその残虐さが伝わっていました。

彼らの対策は、じつに平和的なものでした。やってくる人々は自分たちの神を信仰させるために残虐な行動をとっているので、先に彼らの神を信仰してしまおうというのです。インディオたちは私たちの神を祀ることによって、脅威を遠ざけようとしました。

しかし、キリスト教徒は非道の限りを尽くしました。キリスト教徒が信仰していたのは、神ではなく黄金だったのです。インディオたちは虫けらのように殺されていきました。

 このようなことが、インディアス中で繰り広げられました。キリスト教徒はインディオを畜生のように扱い、信仰を広めることを一切行わず、それどころか聖職者に制限を加え、布教を進まないようにしていました。もしインディオたちが正式にキリスト教徒となった場合、黄金を手に入れることが困難になると考えたためです。

 インディオたちは、今なすすべもなく死んでいっています。彼らは創造主を知り、永遠の救いを得なければならない。しかし彼らは信仰の光も、秘跡も受けずに虐殺されてしまいました。

 皇帝陛下、今まさに、インディオたちへの残虐なる行動が続いております。陛下が正義を愛しているからこそ、神は陛下に新世界をお与えになったのです。神よ、陛下の魂が最後に救われるため、幸福な生活と帝国に繁栄が訪れますように。

あとがき:歴史の荒波の中で

 以上が、インディアス…現在のアメリカ大陸に行ったラス・サカスが見聞きし、報告書としてまとめた一文です。

 この本、現在では極めて先進的な書物と判断されています。当時西洋世界では当然のように存在していた「西洋中心主義」を真っ向から非難しているからです。現在でも西洋中心主義はそこかしこに出現して批判されている、解決できていない問題です。それをラス・サカスは16世紀という極めて短い期間に、明確な定義こそ付けてはいないものの批判したのです。この先進性を、現代の学者たちは極めて評価しています。

 しかし、それは今だからの話。ラス・サカスが生きた16世紀は、植民地支配が是とされる時代。異教徒であり野蛮でもあるインディアスの人々は、殺されて当然だし、支配されて当然だとも考えられていたのです。

 この思想の違いが原因となり、スペイン内で、カサスは激しい対立を引き起こすこととなりました。カサスに啓蒙された人々と、そうでない人々との対立です。カサスは生涯、この対立に向き合い続けることとなります。

 そして死後、彼の作品は多くの言語に翻訳されることとなります。それは人々にとってはインディアスに目を向ける機会になりましたが、外国の政府にとってはインディアスの人々を守るためではなく、衰退しつつあったスペイン帝国を批判するための材料にすぎませんでした。

 外国がこの本を盾にしてスペインを激しく非難したために、カサスは「国を売った人間」「スペインの残虐性を捏造」と、国内の保守派を中心に批判されます。19世紀までこの批判が続いたことを考えると、その影響の大きさと、カサスの著書がいかに歴史に翻弄されてきたのかを知ることができます。

 カサスが生きた時代は、スペイン、ポルトガル両国が争って南米を植民地化していった時期でした。一連の流れで南米を支配していたインカ帝国などの土着の国は全て崩壊、数百万の人々が死んでいったといわれています。今となってはもう知ることのない言語や文化、遺産は数知れないということです。