ルーズ・ベネディクト「菊と刀」【イズミの書評#63】

はじめに:我々は何者か?

 日本人とは、何か?

 我々はどこから来たのか?我々は、どのような存在であるか?我々は、どこへ行くのか?

 そのような問いを立てたことはありませんか?少し考えただけで、「日本人」とはきわめて曖昧な言葉であるということが分かります。

 このような問いは、常にたくさんの人が問い続けてきました。もちろん、日本人だけではありません。「我々とは何者か」と問うのはアメリカ人だってイギリス人だって、中国人だって行ってきました。彼らは彼らなりに、我々は我々なりに自らを理解しようとするのです。それは一つの知的な美しい思考の旅ということにもなります。

 他者を理解しようとする際も、同じことが置きます。例えば多くの外国人は「ハラキリ」を理解できないのだそうです。私などは(やろうとは思いませんが)時折映画度でのっぴきならない事情から武士が腹を切るシーンを見ると、世の無常や武士の清浄さを感じ取り心が突き動かされます。

ところがそんな話を外国人に話すと、

「-お前は頭がおかしいのではないか?」

などと言われたりします。悲しいものです。文化は時に、他者から異質に思われるようです。

 これと同じことを、先の大戦でアメリカ人は思っていました。何しろ日本人は戦場でピンチになると投降することもなく「バンザ~イ」などと叫んで突撃してくるのです。そして「テンノー」を崇拝し、その人物のためにと飛行機に乗って体当たりを仕掛けてくる。とにかく、彼らにとって日本人は不可解な敵だったのです。

 敵は敵として、理解しなければなりません。米国政府の指示により、他者を理解するべく学者たちが動員されました。そのチーフがルーズ・ベネディクトさん。頭が切れただけではなく、絶世の美女でもあったそうです。

 それではこれから、彼女が考える日本文化を考えていきたいと思います。

日本の文化と西洋の文化

 私たちアメリカ人にとって、日本は史上最も不可解な敵でした。アメリカ人と日本人の行動様式はほかのそれと著しく異なり、私たちは日本人を理解する必要に迫られたのです。

例えば私たちアメリカ人は合理的な思考に信仰を置いているため戦争とは物量の戦いであると考えました。それに対して日本は、「此度の戦いは精神の戦いである」ということを強調してきました。それは劣勢の際ではなく、勝っているときでさえそう考えていたのです。彼らはあくまで主観的な態度で戦い、そして主観的に敗れていきました。あらゆる意味で、日本文化と西洋文化は対極の関係にありました。

 彼らはなぜ、そのような行動をとるのでしょうか。私の研究は日本との戦争中に行われたために現地に赴いて調査することはできませんでしたが、代わりに文献を調査したり、捕虜となった日本人や在米日本人にインタビューしたりすることで補いました。

 その結果は、実に興味深いものでした。

 第一に、彼らには自らの社会階層に対する信仰を持っていました。日本語では「各々其の所を得」という表現をよくされます。これは各々与えられた立場での職務を全うするというということです。この考えは江戸時代に完璧に確立された階層社会によるものでした。武士は武士として、農民は農民として。そこにある不平等は、彼らは全員受けいれるものです。江戸時代、武士はほかの農民、商人、職人が無礼な態度を働いた場合、それを斬り捨てる権利を有していました。

 明治維新以降でも依然として貴族社会的で、会話をする際でも相手の社会的立場により言葉遣いを変化させます。つまり日本人は、自らの「ふさわしい位置」を常に考えているのです。

 これは戦争でも同様でした。彼らは「大東亜共栄圏」を構想し、アジアのリーダーとして諸国を牽引することが自らの「ふさわしい位置」であると考えました。つまり我々の戦争倫理とは全く異なるのです。

「義理」と「恩」と「恥」

 更に日本人は、自らの先祖や過去に対して恩義を感じています。これは過去に対してだけではなく、日々の日常を過ごしているだけで増大していくのです。アメリカでは何でもできる非の打ち所がない人間のことを誰からの債も受けていないと考えますが、日本ではそうではありません。大きくも小さくも、人はみな他者に対する精神的な債務を負っていると考えます。

 これを日本語で「恩」と呼びます。例えば、母親に対する恩。お母さんが、自分が小さなころに良くしてくれたすべてのことに対して、子供は大人になってから返さなければなりません。アメリカの場合、母親が子供に与えるものは愛であり、これは無償のものであると考えます。日本人にとって、恩は最大の債務なのです。

 これが「皇恩」となるとさらに大きなものになります。近代日本はあらゆる手段で、「恩」が天皇にあると人々か感じるようにしてきました。カミカゼ特攻隊もアッツ島の玉砕も、全て兵士たちは「皇恩に報じた」と日本メディアでは表現されたのです。

 これは日本が降伏する際も有効でした。天皇が降伏すると明言して初めて、日本人は天皇の名のもとに武器を捨てました。敗戦の際にあってなお、日本人は恩のことを考えていたのです。

 さらに、日本人は「義理」の概念を持っています。これは「義務」とは異なる、他人から受けた親切を返済する際に使う言葉であり、英語に当たる言葉が存在しません。この概念はほかの東洋諸国にも例がなく、日本固有のものです。

他者のルール

 「義理」は「義務」とは異なり、他者から受けた親切を不本意ながらも返すということです。これは二種類あり、一つは自分の名と名声を他者から汚されないようにする「世間に対する義理」。まあこれは多少理解することができます。

 そして、もう一つは法律上の家族に対して負っている「義理」です。最も重いのは嫁の姑に対する義理です。日本の嫁は自分の家とは異なる家に入って暮らさなければなりません。そのため嫁はどれだけ犠牲を払ってでも姑に尽くさなければなりません。それは時として、自らの正義に対して反することであっても義理は返済しなければならないのです。なぜなら「義理」を果たさなければ自らの名誉を棄損してしまうことになるからです。

 日本人はこれを社会のルールとして考えています。しかも遅れたりした場合は返済義務が利子のように増大していきます。逆を言えば、これをしっかりと行う人間は素晴らしい人物なのです。彼らの義理は不本意ながらも自らの名声を汚さないようにして行われます。この中身を細かく見ていくと西洋では不可解に思われるものもありますが、日本人の視点に立ってみるとかなり合理的に設計されています。

 この「義理」は受けたものが好意的なものに対してではなく、名誉を棄損された場合にも適用されます。その場合時として復讐しなければならなかったり、自殺しなければならなかったりします。

 これは西洋人では理解しがたいことですが、とにかく日本ではそうしています。恩恵だけではなく侮辱に対しても、それに報いることが道徳的な行いだとされるのです。そしてそういった行動はしばしば、模範的なこととして後世に語り継がれます(赤穂四十七士の話が例として紹介されている)。ほかにも、ある責任を負って自殺をして汚名をすすいだ人は美談として語られます。日本人にとって自殺は、究極の自己防御の手段であるのです。

 他者から受けた侮辱を日本では「恥をかく」と言います。日本人はこれをされたと感じた場合強く発奮するか、恐ろしく意気消沈します。特に人と競争することになった場合には顕著に出現します。競争は負けた相手に恥を強制してしまうためです。したがって日本社会において、競争はできる限り避けられます。彼らはとにかく、周りの目を気にするのです。

 戦争の際も日本人は、国家単位でアメリカやイギリスに日本が侮辱されたと考えました。このままでは日本は世界に恥をかいてしまうと考えたためです。そしてその解決手段としての戦争を、彼らは選んだのです。

 このようにみてくると、日本文化が徹底して他者の目、世間の目を気にしていることが分かります。西洋文化が神の監視のもとに「罪の文化」という究極化された内的な思考を行う文化であるのに対し、日本文化は「恥の文化」という究極された外的な思考を行う文化なのです。私は、これが日本文化の本質であると考えます。

おわりに:「文化」の多様さと理解

 以上が、ベネディクトさんが考えた日本文化です。最後に敗戦後の日本人について書かれた欄がありましたが、具体的な話ですので省略いたしました。興味がある方はそちらも読んでみてください。

 「菊」と「刀」、つまり天皇と武士を象徴的に表した秀逸なタイトル、そして日本文化という異質な書を分かりやすく明快に解説したこの本は、アメリカでベストセラーになったそうです。

 しかし、この本は後世において批判されます。批判の方法は簡単で、「オン」やら「ギリ」やら「セケン」といったものを気にしていない日本人を一人、連れてくればいいのです。そんな人はそこら中に住んでいます。彼女は明快に日本文化を解説しました。これは一般人に分かりやすくするためとも、戦時中として彼女の中にナショナリズムが息づいていたからであるとも言われています。

 文化がこんなに簡単に説明できるはずがないのです。自然、後世の学者さんたちに批判されます。

なら、何が正解なのか?

 そんなものは誰にも分りません。文化は目に見えず、時代時代を生きる人によって常に揺れ動きます。したがって数学のように明快に答えるわけにはいきません。だからこそ面白いのです。

 貴方たちも是非、日本文化とは何か、どのような文化なのか、考えてみませんか?ひょっとしたら説得力のある答えを導き出すのは、あなたかもしれません。